なびす画廊

nabis gallery
exhibition

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 「〜トレース〜田中一村より」
 2006年
 パネルに綿布、薄美濃和紙、色鉛筆、アクリル
 53.0x45.5cm


山本 達治展
YAMAMOTO Tatsuji

2006.08.28(月)―09.02(土)

〜トレース〜

「写す」ということに自分の関心が向いたのは池波正太郎のある小説を読んだのがきっかけである。火付盗賊改という今で言うと警察官のような職に就いている主人公は、昼間は部下の信頼厚い厳格な指揮官なのだが、夜になると一人こっそりとある“行為”を行うのである。以下にそのくだりを抜粋してみよう。

そしてチラリとあたりを窺うようなこなしを見せ、おもむろに半紙をひろげ、何か書きかけの紙面に眼を凝らす。やがて、五兵衛は懐に手を突込み、丸め込んだ半紙数枚を取出し、丁寧に皺を伸ばす。どれにも何か描かれてある。彼は、その一枚一枚を熟視しては何か口の中で独語しつつ、しきりに小首をかしげていたが、遂にそのうちの一枚を選んで机上に置き、新しい半紙を上にのせた。透写しをやるつもりらしい。
〜中略〜
脂の乗った太い手が、指が、細い筆を巧みに操作し、見る間に紙面へ繊細な曲線を描き出してゆくのである。五兵衛の双眸は、楽園に遊ぶ童児のような情熱に輝き、じっとりと汗が、掌にも額にも滲み出してきた。もはや、このときの五兵衛には、日常の古武士然とした厳めしい風格を何処にも見出すことが出来ない。赤児が母親の乳房にかじりつくような懸命さであり、無我の境にあるらしい。
〜中略〜
描かれたものは、女と男である。しかも裸体の…。その裸体二つが、また妙に複雑な形で組合い何やらしている。などと小難かしく言うまでもない。これは男女の交歓を描いたものだ。秘戯画である。

池波正太郎「秘図」より

ようするに秘画を写すことで、主人公は昼間の憂さ晴らしをするのであるが、この文章は私の中で妙に引っかかった。私は「自分らしさ」を求めて今まで様々な画風を模索してきたのであるが、どこかで既にあるスタイルを意識して、模倣していたように思う。「オリジナリティ」に呪縛され、常に悩んできた。
しかし、この主人公のように、あからさまに「写し」てみてもいいのではないか?勿論、今年世間を騒がせた、ある洋画家のように構図やら色やらそっくりそのまま写して自分の作品だと主張するのはまずいことだと思うが、そうでは無く、古今東西のあらゆる絵画(書も含まれる)から自分にとって興味を惹かれる形を抽出し、それを画面の中で再構成してみようと思ったのである。
和洋を問わず…のつもりだったのだが、西洋のものはどうも上手くいかなかった。形が厳格すぎて、自分のリズムに上手く取り込めないのである。自分が日本人なのだと改めて実感した。
また、今回は手探りということもあり、明治までの作品からの引用が中心になったのだが(田中一村は除いて)、これから徐々に幅を広げて現代的な要素も取り入れていきたいと思う。

薄美濃和紙はトレースした線のみを残し、メディウムと一体化して画面に透明な皮膜を何層にも積み重ねていく。そういった行為があらたな創造につながっていけば、と思う。


→2005年の個展
→2003年の個展


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